「インリアル・アプローチ」「Inter Reactive Learning Communication」について


インリアルとは
 インリアルは1970年代にアメリカで開発されたことばの発達に問題のある子に対する援助をするための考え方です。いろいろ考え方の変遷の後、80年に入って、大人とこどもが相互に反応し合うことで、学習とコミュニケーションを促進するという考え方に到達しました。それを実現するために指導場面をビデオに撮り、それを分析して、有効で適切な方法を模索していこうというものです。

1 コミュニケーションの捉え方の変化
 従来豊かなコミュニケーションを築くための方法として、言語訓練(スピーチ、ランゲージセラピー)が行われてきました。まずことばを獲得することで、人とのコミュニケーションが可能になるという、言語獲得が第1の目標とする考え方です。それに対して、子どもは言語を獲得してからコミュニケーションを学ぶのでなく、生まれてすぐに始まる人との相互作用を通して、コミュニケーションの方法やルールについて学び始めるという考え方が生まれ、現在ではそれが主流になっています。
 つまりまずコミュニケーションを学び、そのプロセスの中に言語獲得が含まれている、だからまずどんな方法であれ、コミュニケーションからアプローチすべきであるという考えかたです。乳幼児期の子どもとお母さんのやり取り遊びの中に、コミュニケーションの原型があると述べたブルーナーは、「From communication to speech」、コミュニケーションからことばへということを提唱しています。

2 コミュニケーションとは
 コミュニケーションとは、ことば、あるいは他の様々な手段による人間相互の交流と理解のプロセスであり、話し手と聞き手の間に交わされる伝達のプロセスを含むものである。
 コミュニケーションということばはラテン語の“共通な”という意味を持つことばと“分かち合う”ということばが合わさってできたことばだそうです。あえてコミュニケーションを定義すれば、以下のようになるでしょう。 これまでは、問題を子どもの内部、知的能力、発語機能の能力といったスタテイツク(静的)な問題だけに焦点があてられていましたが、これからはプロセス、時間経過に伴う変化、距離関係、力関係といったダイナミック(動的)な問題も含めていかなくては、豊かなコミュニケーションを築くという課題は解決されないといっていいでしょう。

3 インリアルの教育観
○インリアルの基本理念

・自由な遊びや会話の場面を通じて、子どもの言語やコミュニケーションを引き出そう。
・規範のテストにとらわれず、実際のコミュニケーションの場面から子どもの能力を評価しよう。
・子どもから遊びやコミュニケーションを始められる力を育てよう。
以上の実現のために、セラピストの質を向上させよう。
またインリアルの基本理念は、保育原理と多く一致し、共通の発想が流れています。

4 教育方法に関する原理

環境の原理 子どもは環境との相互作用において経験し、刺激を受けて成長・発達をする。
自発性の原理 外から与えたり詰め込んだりするのではなく、子どもから生じる意欲を尊重する。子どもは自発的に活動することにより、成長・発達が促される。
遊びの原理 「遊び」という活動の目的は、過程そのものにある。
繰り返しの原理 子どもは同一の行為を飽きるまで繰り返す。異質なものを与えるのではなく、少しずつ変化、向上したものを周囲に準備することが大切である。
大人主導型から子ども主導型へ(子どもに主導権を与える)

 日本の教育や保育現場では、先生の指示に素直に従う子ども、一般的な枠からはみ出ない子どもを育てることを期待されている面があります。特に障害児の場合、集団からはみ出ることや指示が聞けないなど枠からはみ出た問題に目を向け、先生の指示に応じられるようになること、つまり子どもを大人がコントロールできるようになることが目標になりがちです。それは、先生にとって都合のよい発想で、それを土台に指導を考えている場合、子どもが思うようにならないと相性の悪さとか障害の重さを理由に、大人側の責任を回避する傾向があります。インリアルでは、子どもから始める力(主導権)を目標とします。そのために、大人からの開始を少なくし、リアクテイブ(反応的)にすることで、子どもが始めるチャンスを与えていきます。子どもを取り巻くコミュニケーション環境を変えていくという発想を持っています。この意味で大人は重要なコミュニケーション環境であり、最終的には子どもと大人が対等な主導権を持つイコール・イニシュエーターになって、コミュニケーションを進めていくことをゴールにしています。

5 インリアルの特徴
ことばの獲得は、一つの社会的行為であり、子どもは現実のコミュニケーションの体験を通じて言語の意味や使い方を学ぶ。インリアルでは、言葉の遅れを持つ子どもをコミュニケーション障害児としてとらえる。
どんな子どもでもコミュニケーションしようとしている存在である。話し言葉だけでなく視線、表情、身振りなど非言語行動もコミュニケーション行動としてとらえる。
子どもは人とのコミュニケーションの楽しさを経験することで、コミュニケーションの意欲や基礎的力を育て、自分の持っている潜在能力を十分発揮できるようになる。
ことばについては、表象機能だけでなく、言語が人との相互作用のための媒介としてもつ伝達機能も重視する。
コミュニケーションの成立には、問題を持つ子どもだけでなく、もう一方の担い手である大人の要因も相互客観的に評価する。

7 コミュニケーションの原則と基本姿勢
コミュニケーションの原則
子どもの発達レベルに合わせる。
会話や遊びの主導権を子どもに持たせる。
相手が始められるように待ち時間を取る。
子どものリズムに合わせる。
ターン・テーキング(やりとり)を行う。
会話や遊びを共有し、コミュニケーションを楽しむ。
●ことばのキャッチボールをうまく成立させること。子どもが受け取れるように長さや早さを考えて投げます。わかるように投げかけたことばが、早口であったり子どもの理解を超えたまるで剛速球のような影響をあたえてしまうことがあります。

子どもがわかるように表現を工夫したり、子どもの話をよく聞き、やりとりの順番を守りながら、話題に沿って話す必要があります。一方的な話はコミュニケーションとはいえません。
大人の基本姿勢
では、どうやって子どもと関わっていけばよいか、その手がかりになるものの一つとして、SOUL(ソウル)があります。

SOUL

ilence(静かに見守ること) 子どもが場面になれ、自分から行動が始められるまで静かに見守る。
bservation(よく観察すること) 何を考え、何をしているのか、よく観察する。コミュニケーション能力、情緒、社会性、認知、運動などについて能力や状態を観察する。
nderstanding(深く理解すること) 観察し、感じたことから子どものコミュニケーションの問題について理解し、何が援助できるか考える。
istening(耳を傾ける) 子どものことばやそれ以外のサインに十分耳を傾ける。

 大人のことばかけ(言語心理学的技法)

子どもへのはたらきかけ(反応)として、言語心理学的技法があります。

ミラリング 子どもの動作をそのまま真似ること。子どもは自分と同じことをしている大人を見て、「自分が何かをすると、大人が同じように動いてくれる」関係に気づく。
モニタリング 子どもの声やことばをそのまま真似て返す。音声を真似ることで、ミラリングの効果と共に自分で発する声の効果に気づかせる。
パラレル・トーク 大人が、子どもがしている行動や気持ちを言語化する。大人が子どもの気持ちを理解し、一緒にコミュニケーションしたいという意図を伝える。
セルフ・トーク 大人自身の行動や気持ちを言語化するもの。大人の気持ちや態度を知らせていく。パラレル・トークと合わせて使うことで「あなたとわたし」の関係や共感性を積極的に知らせていく。
リフレクテイング 発音や意味、文法、使い方などの間違いを、正しいことばに直して子どもに返していく。「違うでしょ」、「はっきり言ってごらん」というように指摘や訂正をするやりかたは、発語意欲を失わせる。
エキスパンション 子どもの言ったことばを意味的、文法的に広げて返すもの。車を見て「ブーブー」の一語文に対して、「ブーブー、出発!」のように広げて返す。
モデリング 子どもの言ったことばを使わずに、新しいことばのモデルを提示するもの。たとえば子どもの「バスだ」に対し、「あれは動物園行きだよ」と、さらに新しい情報を伝える。ことばのやりとりができ始めた子どもに、応答の仕方や会話の方法を教える。

参考図書: 「インリアル・アプローチ」 竹田 契一・里見 恵子著、日本文化科学社