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特殊教育の歴史(北海道)

明治初期の特殊教育
近代的な意味における特殊教育が始められたのは、明治以後のこととなる。
京都盲唖院、東京楽善会訓盲所の設立に見られるように、明治初期にまず着手されたのは盲・聾教育であった。

慶応2年(1866) 福沢諭吉が「西洋事情」でヨーロッパの盲院・唖院・痴児院を紹介
明治1年(1868)
明治4年(1871)
9・2 「文部省」設置
9・− 工学頭、山尾庸三が「盲唖学校ヲ創立セラレンコトヲ乞フノ書」なる建白書を太政官に提出(明治維新の諸政策に伴う社会経済の急激な変革の中、障害者は困窮)
その後の特殊教育の基本的な路線を引いたものと考えられている。
11・3 太政官布告によって、当道座等の盲人保護の慣行が廃止
明治5年(1872)
9・5 「学制」が領付され、「其外廃人学校アルヘシ」と規定 (主として民間の盲聾学校であったが、この規定による学校が成立する。)特殊教育について初めて規定した。
明治8年(1875)
5・22 フォールズらが東京に訓盲所設立の目的で、「楽善会」を組織
6・19 古川正雄らが「訓盲所取立度健言書」を東京府知事に提出 (この年、京都の第十九番校(後の「待賢小学校」)に唖教場開設)
明治9年(1876)
3・5 熊谷実弥ら東京府より盲人学校の開業が許可
3・15 訓盲所(東京楽善会訓盲院)が設立認可
12・22 訓盲所(東京楽善会訓盲院)設立の諏が宸聴に達し、金三千円が下賜
明治10年(1877)
12・15 遠山憲美が「盲唖訓學設立ヲ促ス建議意見書」を京都府知事に提出
明治11年(1878)
5・24 京都に「盲唖院」が設立され開業式を挙行。京都府上京第十九番小学教員古河太四郎の指導により開設された。(22年市立盲唖院に改称)
明治12年(1879)
4・− 盲唖院は「京都府立盲唖院」と改称
9・29 「学制」を廃止、「教育令」を制定(義務教育の規定を明確化)
11・− 大阪府が模範盲唖学校を設立したが翌年廃止(有志が相図って12年間継続したが、経営難のため閉鎖)
明治13年(1880)
2・13 「楽善会訓盲院」が授業を開始。中村正直・山尾庸三らの組織した楽善会が設置
7・18 明治天皇は、京都府立盲唖院の生徒4名を小御所に召され学業をご覧になる
12・29 「就学督責規則起草心得」通達
11・1 楽善会訓盲院は、按摩・導引・鍼治の授業(職業教育)を開始
1881札幌
明治17年(1884)
5・26 楽善会訓盲院は、「訓盲唖院」と改称 18年11月文部省直轄学校となった後20年10月東京盲唖学校に改組された。
盲児に対しては触読のたるの凸字教材、聾児に対しては発音指導を行うなどの新しい指導が試みられた。
明治18年(1885)
10・− 楽善会会長山尾庸三らが訓盲唖院直轄願を文部省に提出
11・21 訓盲唖院は文部省直轄学校となる
12・4 文部省総務局に「訓盲唖院掛」を置く (この年、マッサージが我が国に紹介される)
明治19年(1886)
4・10 「小学校令」公布(義務教育制度の確立とともに、このとき初めて就学義務の猶予について規定)

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