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特殊教育の歴史(北海道)

大正末期〜昭和初期の特殊教育

第二次世界大戦前・戦中の特殊教育は、国民生活自体が戦時体制に移行していく中、足踏みを強いられた。
大正12年の盲学校及聾学校令により府県の設置義務化を受けて、私立から公立への移管が進む。

大正12年(1923)
8・28 「盲学校及聾唖学校令」公布
道府県に盲学校及び聾唖学校の設置義務を規定。私立盲唖学校の府県への移管、盲学校と聾唖学校との分離が増加。
8・29 「公立私立盲学校及聾唖学校規程」制定
8・29  「東京盲学校規程」及び「東京聾唖学校規程」改正(師範部を置く)
札幌師範学校附属小学校に特殊学級を設置
大阪市御津尋常小学校に郊外校舎「浜寺林間学校」を開設(病虚弱)
大正13年(1924)
盲学校72校(国立1、公立21、私立50)
聾学校38校(国立1、公立17、私立20)
特殊学級235学級
5・1 「日本聾唖教育会」結成
11・12 「日本聾口話普及会」発会
高木憲次は「クリュツペルハイムに就て」を論文発表
この年から、盲唖教育補助を実施、文部省は毎年盲学校及び聾唖学校教員講習会を東京と地方で交互に開催
大正14年(1925)
1・− 「第1回聾口話教員養成講習会」開催
4・1 京都市立盲唖院は、「京都市立盲学校」と「京都市立聾唖学校」に分離独立
10・− 「日本聾唖教育会第1回総会」開催(文部省は口話法の教授方法について諮問)
この年、「日本盲教育会」設立。 文部省は全国盲学校及び聾唖学校に関する諸調査を初めて実施
私立函館盲唖院財団法人となる
北海吃音矯正会内に聾唖部を設置
大正15年(1926) 大正15年=昭和元年(1926)
4・− 東京市八名川尋常小学校に吃音学級を設置
4・− 東京聾唖学校に難聴学級を設置
4・− 東京市鶴巻尋常小学校に養護学級(虚弱児)を設置

昭和1〜40
昭和元年(1926)
4・− 東京市八名川尋常小学校に吃音学級を設置
4・− 東京聾唖学校に難聴学級を設置
4・− 東京市鶴巻尋常小学校に養護学級(虚弱児)を設置
昭和2年(1927)
4・1 児童愛護会は「一宮学園」を創設(最初の身体虚弱児の私立学校
私立札幌盲唖学校を創設(近藤兼市氏)
私立小樽盲唖学校が北海道庁立盲学校・聾学校代用校となる
函館師範学校附属亀田小学校に特殊学級を設置
昭和3年(1928)
10・4 「学齢児童就学奨励規程」制定
11・15 帝国盲教育会は「盲教育」を創刊
私立八雲聾唖学院を創立(辻本繁氏、八雲町)。11年室蘭へ移転
辻本繁氏(私立八雲聾唖学院創立者)
昭和4年(1929)
4・− 文部省著作教科書盲学校用「国語読本」文部省著作教科書聾学校用「国語初歩」を初めて刊行
札幌市立山鼻小学校で養護上の訓練実施
昭和5年(1930) 函館市立新川・谷地頭・潮見小学校、札幌市立大通小学校、伊達市立有珠小学校に養護学級を開設
昭和6年(1931)
4・1 京都市立盲学校、京都市立聾唖学校は、それぞれ「京都府立盲学校」「京都府立聾唖学校」になる
私立札幌盲唖学校を私立札幌盲学校・私立札幌聾話学校に分離
昭和7年(1932)
6・1 「東京市立光明学校」創設(後の肢体不自由学校)。初の肢体不自由児のための学校
昭和8年(1933)
12・11 東京市南山尋常小学校に弱視学級を設置(最初の弱視学級)
昭和9年(1934)
5・− 東京市磔川尋常小学校に難聴学級を設置
10.22 「日本精神薄弱者愛護会」設立(現在の日本知的障害者福祉協会)。知的障害児施設が集まり設立。滝乃川学園本館講堂にて第1回設立総会が開かれ協会発足。石井亮一が初代会長。
昭和10年(1935)
3・26 衆議院で「肢体不自由者救済教育令制定ニ関スル建議」を議決
室蘭市天沢小学校に特殊学級を設置
昭和11年(1936) 文部省は学齢盲聾児童生徒調査を実施、日本精神薄弱者愛護会は「愛護」を創刊
11.10.1 私立八雲聾唖学院が室蘭市へ移転し、私立室蘭聾唖学院と改称
就学率は、盲学校39%、聾学校46%
昭和12年(1937)
教育審議会答申「速ヤカニ之ヲ義務教育トスルコト」を提言(実現されなかった)
1・27 「学校身体検査規程」制定
4・10 ヘレン・ケラー女史が来日、来道
12.7.1 私立帯広盲唖院を創立(岩元悦郎氏、帯広市)
岩元悦郎(私立帯広盲唖院創立者)
昭和13年(1938)
12・8 教育審議会は「国民学校、師範学校及び幼稚園ニ関スル件」を答申
(特殊教育の振興、特に盲・聾教育の義務制について答申)
愛育研究所は精神薄弱幼児の保育を開始
昭和14年(1939)
14.5.1
私立室蘭聾唖学院を私立室蘭聾唖学校と改称
昭和15年(1940)
4・30 「学校給食奨励規程」制定
6・29 「大阪市立思斉学校」創設(最初の精神薄弱学校。在学者34名)昭和34.4思斉養護学校となる。大阪市立児童教育相談所に併設。知的障害児の学校の根拠規定がなかったため、小学校に類似する各種学校として認可されている。
昭和16年(1941)
3・1 「小学校令」を改正、「国民学校令」を公布
3・14 「小学校令施行規則」を改正、「国民学校令施行規則」を公布
4・− 東京聾唖学校において、半年課程の聾唖学校教員養成講習会を開催
5・8
「国民学校令施行規則第五十三条ノ規程ニ依ル学級又ハ学校ノ編成ニ関スル規程」制定(養護学級、養護学校の編成について規程)
昭和17年(1942) 身体虚弱学級1616学級。
5・5 「整肢療護園」開園
昭和18年(1943)
3・2 「中学校規程」「高等女学校規程」制定(身体虚弱その他身体に異常のある生徒のための学級編成について規程)
10・23 「教育ニ関スル戦時非常措置ニ関スル件」通達
7.15 北海道庁立盲学校を開校(札幌市)(25.4.1北海道盲学校に改名
昭和19年(1944)
学校数、盲学校77校(国立1、公立55、私立21)
聾学校64校(国立1、公立51、私立12)
4・24 東京都立九段中学校に養護学級を設置(肢体不自由児を対象)
8・22 「集団疎開学童ノ教育ニ関スル件]通達
昭和20年(1945)
9・15 文部省は[新日本建設ノ教育方針」を発表
10・22
連合国軍総司令部は「日本教育制度ニ対スル管理政策ニ関スル件」を指令
私立札幌盲学校と私立札幌聾話学校、十勝国御影村へ疎開のため移転
伊達市立有珠国民学校に特殊学級開設(戦後初の特殊学級)
       
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