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発達ー子どもの発達を考える

「階段的発達観」から脱却し、「ふうせん的発達観」へ


階段的発達観 「ゲゼルの発達観」
 三歳になれば「これができる」。四歳になれば「あれもできる」というように、発達はちょうど階段を登っていくという考え方。そうすると当然のこととして、この子どもは「できる」か「できない」かが評価されることになり、もし、六歳の子どもが三歳のような行動をすると「劣った子」という見方がなされる。早い段階でできた子どもには、もっと早くできる可能性があるということで、才能開発教育の理論的支柱にされることがあった。

ふうせん的発達観

「ビアジェ」や「ビゴツキー」等の発達構成論者、発達近接論者

 「子どもの発達は子ども自らが「ふうせん」を膨らませていくようなものである」という発達観。
「発達は大人や教師が主導していくのではなく、子ども自らが自らを膨らませていくことにあり、大人や教師の役割は、その「ふうせん」が破れないように支えていくことであろう」という考え。

 「ふうせん」は小さくとも「ふうせん」であり、また、途中を省いて突然大きく膨らむものではない。
順序を追って少しづつ大きくなり、一つとして同じように膨らむことがない。色も形もそれぞれ子ども
自身の手で選ばれる。発達は、一人一人の膨らまし方の中にあり、一人一人が自分なりのふうせんを選択していく中にあると考えるべきであるというもの。